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2014. 01. 23  
今回の滞在先である、
ポツダム広場は、旧東。

いまはモダンな建物が建ち並びます。






そこから20分ほどの距離のベルリン一美しいといわれる、ジャンダルメンマルクト広場






フランス大聖堂と、ドイツ大聖堂、コンサートホールを擁します。






ベルリンは特に戦争の被害を被った街ですが、それゆえにとても古い建物と、超モダンな建物が
共存して、不思議な魅力にあふれています。





私が是非訪ねてほしいとおもうのは、ここホロコースト博物館。
ジャンダルメンマルクト広場からまた徒歩で15分ほどの場所にあります。

ホロコーストでなくなったユダヤ人の記念館で、
地下にしつらえた展示室には、その当時迫害されたユダヤ人達の
記録があります。
有名でない、私たちの同じ、ごく普通のユダヤ人の家族達の歴史がつずられており、
悲しみを通りこした怒りを
感じるともに、過ちをオープンにしているドイツという国の潔さと、
懐の深さをかいま見れる博物館です。









ここが、あまりに有名なチェックポイントチャーリー。
東西時代の検閲所であり、東の人たちが夢見た
自由への入り口でした。




イーストサイドギャラリー。ベルリンで唯一、そのままの形で壁が残っている場所です。

20キロにわたって残る壁に、世界からアーティストが集まり、平和への祈りをこめて絵をかきました。

歴史的価値だけでなく、20キロにもおよぶ、オープンギャラリーとしても世界最高記録を誇っています。

この壁のむこうは、かつて’西’でした。







このアパートは第2次世界大戦後初めてたった集合住宅だそうです。
集合住宅というには、とても重厚な感じのする建物ですが、材料不足の戦後、
このアパートの材料は、がれきからみな拾ってきたというから驚きです。





オペラ座 の建物 

写真では写っていませんが、ナチが多くの歴史書を焼いたという、焚書のあった広場が奥にあります。




ルネッサンス様式の国会、ラインスターク





ブランデングブルグ門が見えてきました。




正面からのブランデングブルグ門。ベルリンの象徴であると主に、プロイセン国の象徴でもありました。





ブランデンブルグ




ベルリンのシャンゼリゼといわれるクーダム通りには、ブランド品のお店もいっぱい。








ここな、クーダム通りにある、デパートKadewa

世界でも1、2を争う品揃えで知られます。

ソーセージの種類は2000、チーズの種類は1000!!だ、そうです。







これは、ドイツのアーティストが作ったオブジェ。

通りの中央分離帯にどーんと、控えています。

4つの鎖は、分割統治されたベルリンを表しているそうです。

たたれた一部が、ベルリンの悲しみを物語っているようです。


ベルリンの街を歩いていて、

幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、
不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」 訳::望月哲男、光文社古典新訳文庫、2008 ・
というフレーズを思い浮かべました。
家族とういところに国家という言葉をいれて。

その不幸をのりこえて、ベルリンは不思議な魅力に包まれた都市に再生しました。

また、この都市の作りは、旧東、旧西が、モザイク状にいれこまれているような錯覚に見舞われます。
それは、歴史上の事実ということだけでなく、
古い建物の横にならぶ、近代の頂点を行くようなデザインの建物が立ち並ぶ
街の生み出す光景もあるのでしょう。

ベルリンは、過去から現在、そして未来にいききする不思議な感覚が味わえる場所です。


おまけ・


ベルリンの名前の由来が、熊ですって!!

ボンの私の仲良しの歴史お宅が、声をあげました。

違う、違う、ベルリンは、歴史に登場したのも、いつかはっきりしてないし、昔は大きな湿地だったの。
だからベルリンは、湿地っていう意味からきているのよ!

実は、ベルリンの名前は、スラブ語の ”湿地”をあらわす言葉からきているそうです。

ベルリンっ子は、それを嫌って、熊が、名前の由来であることを好んだとか。
私も湿地よりは、熊のほうが、ずっといいな。

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2014. 01. 22  
ベルリンの名前は、
ベア(熊)から来そうで、あちこちにくまさんがいます。







これは、私達の泊まったホテルのフロントにいるゴールド君





いっぱい落書きされている熊君は、ベルリン一美しいといわれる広場、ジャンダーマン マルクト近くに生息




お買い物天国とおりフレドリック通りの熊






今回は、ポツダム広場の近くのハイヤットに宿泊

ポツダム広場は、壁がこわされたあと、近代的に整えられた広場。なんか私はトロントをおもいだしてしまいました。







壁の一部が、残されていて、モダンな建物とのコントラストがまた未来的。

ベルリンってなんか不思議な魅力のある街。


これってドーナツ?



アートも前衛的。








3匹のくまさんも発見。

ベルリンをおとずれたら、あちこちのくまさんを見つけてみるのも楽しいかも。


で、なんだ、これがベルリン観光か!!って怒られそうですが。。

ベルリン観光2をごらんくださいまし。

まるいちにちあれば、さっと回れるダイジェストバージョンを作りました!
2014. 01. 18  
私達の住んでいるのは、ボンのダウンタウンから10分ほどの住宅地で、
ズットスタッドとパッペルスドルフの間、という場所です。

この辺の住人達は、家族で何世代も住んでいる人が多くそんななかで、地元の人気パブや、レストランも
その年代とともに、何十年もやっているところが多いのですが、

このカフェもそんなひとつ。






ちょっとしたサンドイッチや、キッシュがおいしいお店




店内がモダンでも天井を見るとこんな感じ

17世紀のフレスコ画だそうです。




第2次世界大戦で、ボンの街はずいぶん破壊されましたが、うちの近所などは、ずいぶん昔からの町並みが
のこっています。






これは、私のドイツ語の先生のお家ですが、

この建築様式は、Grinderzeit(グレンダッツザイト)と呼ばれる建築様式で、ファサードの美しさで知られています。
ヨーロッパが工業の時代に突入していった19世紀中頃までの産物で、

第1次世界大戦で、ドイツが豊かになったとき一気に花開いたものです。





この近辺はすべて歴史的建築物に指定されており、国の許可がないとファサード、外装はおろか、内装さえも
かえることができません。

面倒くさいといえば、面倒くさいですが、
近所を歩いているだけでも、幸せな気分になれることを考えれば、全然対した事ないようなきがします。

季節がよくなると、あちこちの庭に花が咲き、歩いている人をより幸せにしてくれます。
2014. 01. 13  
2014年も無事にあけ。。。

欧州では、クリスマスは最大のイベント、そしてそれに付随するニューイヤーがすぎると
(ほんとにおまけとしてくっついてくる、って感じですね_)
みんなはすべての目標を失って、気の抜けたような状態がしばし、続きます。

ニューイヤーの話題もあきちゃったので、
ボンのまた違う魅力のお話を。。

ボンは、ご存知の通り、ライン川沿いの
ノルトライン=ヴェストファーレン州にあります。

ラインをクルージグしてゆくと、スイスやオランダにもいけるし、ボナーと呼ばれるボンっ子達にとって
ラインは、ボンのシンポルでもある訳です。








ラインに中にちいさな島があるのですが、そこに白鳥がいます。



ラインではみたことがなかったので、こっそりとってみました。




お天気のいい日にもう一度でかけたら、ベイビーと一緒にいた白鳥




これは、うちの近所のパッペルスドルフ城のお堀




お天気によって不思議な光に満たされます。


今日はボンの水の風景で、遅ればせながら新年のご挨拶です。

2014年もすばらしい年になりますように

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